『没入!「新しい自分」の作り方』

はじめに

あなたのルーツは何でしょうか?血の流れで言えば父母、祖父母、曽祖父母(ひいおじいさん。ひいおばあさん)。それ以上ともなれば、なかなかたどり着ける人はいないでしょう。人一人の人生はそれほどには長くないものです。

では、歴史となればどうでしょうか。日本史として学び始めるのは縄文時代から。1万年を超えるはるか遠い時代にまでもさかのぼる?本当に?

何やら、ぽっかり空いた空間、そんなものを感じることはないでしょうか。昭和の前半、そして大正時代。明治は比較的印象にある。それなりに教科書で習ったから。大正から昭和に入ると、冬休みも近づき学年も終了。足早にかいつまんだ現代史があって「あとは自分で学んでおくように」。なぜか近代史が多くは語られない。

戦争して、中国、韓国、北朝鮮に大きな迷惑をおかけしたから。なんとなくそんな罪悪感を感じるだけで、そのあたりでばったりと思考が止まってしまいます。

二つ目の質問です。思考が止まったままで大丈夫ですか?

2025年問題のその年になりました。800万人もの団塊の世代が全員75歳、後期l高齢者の壁を乗り越えていきます。本格的な少子高齢化時代に突入します。財政危機も待ったなし。

いえいえ、もっと問題なのは就職氷河期世代かもしれません。2000万人にも及ぶ巨大集団が経済苦にあえいでいます。果たして十分な生活保護はいきわたるのでしょうか。このまま高齢化が進んだとして、日本の財政は本当に大丈夫なのでしょうか。

そんな難題山積みの中で政府は「南海トラフ大地震30年内の発生確率は80%程度」と格上げしました。さらに40年内では90%と。富士山の大爆発も喧伝されています。

危機、なのではないでしょうか?それもいまだかつてなかったほどの。

これまでも何度かあった、国家=民族存亡の危機。何とかしのいで今現在があります。先人に感謝しながら、しかし今度は、私たちの番です。

この危機を乗り越える、そのために不可欠なのは、私たち一人一人の「主権者」としての自覚ではないでしょうか。国民主権、この日本の主は、私たち一人一人なのですから。

この本の読み方

この本には連動するサイトが用意されています。日本の歴史は、どうも世界に類を見ないものらしいのです。だから、本に文字という媒体で表現しようとしても表現しつくせない。そこで、できるだけ実体験に近い環境で追体験していただきたいと考えました。

幸い、ユーチューブやメタバース、VRやAR、先端技術がどんどん高度化していく時代です。時代に合わせて、どんどん没入の仕掛けを準備していきたいと思いました。時間と資金の許す限り、できうる限り有用なサイトを構築していきたいと思います。もちろん皆さんのご支援なくしては進みません。心よりお願いする次第です。

ですから、この本はただ読むだけの本ではありません。本とサイトが一対。どこから読み始めても、あるいはサイトにまず入り込んでからでも、順序を気にすることなく、行ったり来たりを繰り返しながら、いろんなことを考えていただきたい。

章ごとに順序があるわけでもありません。興味向くままに、自由に。

この本の構成

プロローグ 今迫りくる危機

日本が直面する危機的状況を取りまとめました。「2025年問題」のこの年、団塊の世代が全員75歳の後期高齢者に加わり、本格的に医療介護の財政支出が爆発していきます。それは実は、都市インフラも。さらに、支える側のはずの就職氷河期世代。2000万人もの膨大な恵まれない層が10年20年のうちにも高齢化、支えられる側へと偏していく。

追い打ちをかけるようにして南海トラフ?日本は今、深刻な国難に直面している。どうする?

第1章「ナイーブ」な国、思考停止の日本

日本に対する国際的な評価を一言で表現すると「ナイーブ」です。もう半世紀近い昔、米国留学中での出来事、頻繁に耳にする「ナイーブ」という言葉に違和感を感じます。どうも日本で使われているようないい意味ではなさそう。友達に意味を確認してみると、返事はたった一言。「フーリッシュ」と。要は「バカ」です。色々調べてみると、頭の良しあしではなく、思考力や決断力が不足していて、ぐずぐずしているイメージ。そしてそれが、日本なのです。

 高度成長期を過ぎ、バブル崩壊後は30年を超えて停滞した日本。平和ボケを含めて、危機に直面しながら、結論の出せない日本の精神構造を議論しています。

第2章 こんな日本に誰がした?-アメリカWGIPの呪い

1945年、終戦直後のこと。日本を対象にしてアメリカはいくつかの壮大な実験を行いました。一つには原爆です。最初の人体実験が広島に。そして長崎に。二つ目の実験は焼夷弾による大量虐殺です。沖縄では火炎放射器の有用性が試されました。そして、もしかすると最悪のソーシャルエンジニアリング。社会を思い通りに変えてしまう実験です。その後すでに80年、今なお日本はその影響下にあります。この本の主たる論点、その一つに当たる大実験です。

第3章 19世紀、白人だけが人間、有色人種はサルだった

日本を二度と歯向かうことのできない国へ、WGIPの根っこにあったのは日本への憎悪でした。15世紀から始まった白人による有色人種植民地化は、19世紀には完成形を迎えようとしていました。地球上に陸地その9割はすでにどこかの白人国家の植民地です。残すところは、ほぼ日本だけ。

北アメリカ大陸のインディアン、南アメリカ大陸のインディオ、オーストラリアのアボリジニ、何千万人もの先住民たちをほぼ根絶やしにし、インドやアジアでは奴隷都市強制労働、アフリカは奴隷売買で膨大な利益を得て。

そこに現れたのが小さな黄色いサル。ちょんまげ、帯刀、着物のへんちくりんな生き物が、まずは眠れる獅子中国に打ち勝ち、、、

第4章 日露戦争、奇跡の勝利、独立希望の星へ

中国に難なく圧勝した日本、しかし平安は訪れなかった。ロシアの東方制圧が始まった。ウラジオストク(東方を制圧せよ)を開港し、シベリア鉄道を延伸し、東へ東へと勢力を拡大するロシア。彼らの目に日本は含まれていない。とるに足らないサルたち。ロシアがその気になればいつでも思いのまま、手に入る。そんなおごりがすきを生む。 国内体制でも静かに暗躍するソビエト共産党の動き。

対して日本は、必死だ。余力以上のすべてを費やし、富国強兵にまい進する。相手は世界最強の陸軍コサック騎馬隊擁するロシア軍団。同じく世界最強のバルチック艦隊。日本軍は、かろうじて勝利を拾った。そして世界中から賞賛の嵐を受けることとなりました。有色人種、サルの軍団が、白人最強のロシア軍に勝った。世界中の植民地、有色人種たちが「だったら私たちも勝てる」自立抵抗の機運が巻き起こることになりました。

第5章 日本文明8つの奇跡-これが私たちのルーツだ

  1. 縄文文化
  2. 天平・平安文化
  3. 世界最高レベルの仙谷軍団
  4. 世界最高都市江戸
  5. 明治維新
  6. 日露戦争
  7. 戦後大復興
  8. 令和の大改革

第6章 メタバース、没入体験でルーツを取り戻せ

大陸国家の残虐性が基本にあります。大陸に比べればちっぽけな島国。だからその精神風土はむしろ南洋の島国に近いのかもしれません。私たち日本人には、運が良すぎて理解ができない、それが大陸というものでしょう。

理解できないから、体験して肌で感じるしかない。幸い今はAI技術が高度に発展しています。「没入」することが技術的に可能な時代となりました。もちろん資金面での障壁はありますが。コスパを十分に考えて、まず最初に「「ありがとう」のシャワー」を考えました。世界中の偉人たちが、日露戦争や太平洋戦争を経て、有色人種の時代に向かう、その貢献の大きさに、日本に対して感謝の気持ちを伝えています。教科書検定も通過した『新しい歴史教科書をつくる会』による歴史教科書をから引用しています。

有色人種植民地からの喜びの声を体感してください。そして、あなたの分断されたルーツに、欠けた部分をつなぎ合わせ、新たな「誇り」というエネルギーを充填してください。

第7章 巨大海洋国家日本、再びの道州制へ首都移転へ

かつて、もうすでに30年ほどにもなるのでしょうか、大昔のこと。首都移転そして道州制への移行が本気で議論されたことがありました。その是非はとりあえず横に置くとしても、主権者である私たちは、国を変えることができます。

日本は決してちっぽけな国ではありません。いまChatGPTに確認したところ以下のように出ました。

空飛ぶ車が実用化するころには、豪華客船に移住する人たちが現れるかもしれません。瀬戸内海は世界有数の高級海洋リゾート、日本アルプスは同様に山岳リゾート。日本の小ぢんまりと整いながらダイナミックな自然が、世界中の人々をいざなうかもしれません。

私たちはまだ十分には地方自治も、国民主権も知らない。今後10年20年、発展の中核はアジアとアフリカ、まさに有色人種の時代です。文化で世界を魅了する日本。同州に分国することで地方での自治、躍動が始まります。

主要な国々の領海およびEEZを含む総面積のランキングは以下の通りです:​

  1. アメリカ合衆国:約1,135万平方キロメートル​
  2. フランス:約1,103万平方キロメートル​
  3. オーストラリア:約814万平方キロメートル​
  4. ロシア:約757万平方キロメートル​
  5. カナダ:約560万平方キロメートル​
  6. 日本:約447万平方キロメートル

エピローグ 私たちはまだ本気を出していない

私たちはまだ地方自治を知りません。国民主権も体験していません。基本的に官僚主権国家」のままでやってきました。「まだ、本気出してない」のです。

コメント

  1. takenori より:

    1.黄色人種の表現について
    白人の日本人含む黄色人種への差別意識について、山崎会長の仰る通りで「サル」扱いであった(今も?)のはその通りだと思いますし、「日本人を元気にする」という主目的のためにあえて白人への反骨心を鼓舞するためにその表現を記載するのだと理解しております。
    ただ懸念点として、「黄色人種は白人からすると黄色いサル同然」ということをあらためて強調すると、かえってもっと日本人が自信を無くしてしまわないかということが考えられるかと存じます。
    それよりも「日本は古来から白人からも一目置かれていた※1」の方が「日本人へ自信をつけさせる」の観点に絞ればより良いのではないかと思いました。

    ※1 ハンチントンの『文明の衝突』などの文献も実際あることはあるので。

    2.道州制について
    以前も少し申し上げたことになりますが、道州制について触れることには全く異論はありませんが第七章のタイトルは、

    「巨大海洋国家日本、再びの道州制へ首都移転へ」

    「巨大海洋国家日本、再びの地方分権へ首都移転へ」

    とし、そもそも日本は明治以前は地方分権国家であったしこれは新しい改革でもあり(偉大な)昔に戻ることでもあるという内容にも触れることもありかなと思いました。
    なお私の個人的な意見としては、道州制では47ある地域の大事な文化が削がれてしまうのではないか考えております。現在の47都道府県は世間が思っているよりもずっと、律令国の流れにかなり沿っていて古よりの連続性が保たれ続けていると私は理解しているので、道州制ではなく現在の都道府県へ強大な地方分権をしていく事の方が良いかなと考えております。

    • takenori より:

      高橋さん、さっそくありがとう。
      道州制についてはほぼ同感で、
      道・州が国に近い権限を持つイメージです。
      都道府県、中間自治体の機能は大きな課題ですが、
      かつての藩和再現することも検討範囲でしょうね。

      この本では、主権者である私たちには
      国の形を根本から変える力があるといった主張までのような気もしますが。

      いずれにせよ、こんな形で議論できればありがたいです。

  2. takenori より:

    下記、中本のコメントになります。

    今はまだ、3名(石黒さんを含めるなら4名)での活動であり、本プロジェクトに時間と労力を割く割合もまた、三様になるという理解でいます。
    今後、中長期的な視野で本プロジェクトを眺めたとき、プロジェクトに関わる人たちを増やす、あるいは必然的に増えるであろうことも想像に難くはない。
    メールでも、このサイトを作成した意図(超概要になりますが)を共有しましたが、そこに記載したとおり、草案やそこへの意見・指摘が流されてしまわぬよう、ある意味で発起人にあたる自分が、自分のバックボーンがあるからこその方法で以て、プロジェクトの進捗とその保存に目を向けたいと考えています。

    意見・指摘が流されてしまわぬようにというのはまた、既存メンバーの3名から発せられる情報は当然ながら、今後参画するメンバーへの配慮、ひいては本プロジェクトの発展に繋がる ーそれも確実にー ことを考慮してのものとなります。

    新規メンバーが増えるたびに、誰かが口頭で本プロジェクトの生い立ちを解説するのも、その瞬間瞬間に新しい発見が織りなす可能性があるため、有用で知的な態度であり、決して、何度も説明してきたのに、というある種の面倒くささが顔を見せることは少ないでしょう。

    一方で、誰かが発した意見・指摘がこうして存在したという事柄は事実であり、それを新規メンバーや状況が変われば外部も含めた関係各者、そうした誰もが ー発した当人も含めー 気軽に目を通す機会を設けておくということにも、先述した有用で知的な態度とは、異種同音の性質が宿るものと考えます。

    こうした性質はまた、SDGsの「誰一人取り残さない(leave no one behind)」という旨の、その本質を、追い求めることと同質の価値を有することになる、と捉えます。「誰一人取り残さない」ことは、今日の社会で生きる弱者イコール個人への配慮を部分的にでも果たす機能となり、ということはその個人が属することになるかもしれない組織 ー本プロジェクト含めー に、帰納してくる可能性も十分に考えられます。

    念のため一言断っておきますが、SDGsそのものやその項目を押し付けたい意図があるのではありません。偶然、SDGsの項目の一つが、自身の思考と似通っているため、共通の例として挙げたまでになります。
    簡素にまとめますが、今日において何かを発展させたい、もしくはより強固な方向性として、何かを成し遂げたいと考えるのであれば、「誰一人取り残さない」のではなく、「誰一人取り残せない」という意思を有するリーダーこそが、目的に近付けるのではないでしょうか。

    組織であれプロジェクトであれ、社会を生きる個人がこれだけ多種多様な生き方を選択できる世の中において、小さな幾つもの偶然が重なり、そうして出会えた人々を「誰一人取り残せない」という瞬間が、文字通り訪れることになる。

    この辺りの理念や詳細の説明については、おいおい可視化しつつ、口頭でも伝えていきたいところです。

    冒頭で、自分のバックボーンがあるからこその方法、と記載しましたが、今現在におけるバックボーンのみではなく、これからのバックボーンに当たる性質も、混同させたいと考えました。その意図するところは、ものごとを俯瞰的に捉える、ということです。

    一つ、このプロジェクトは自身を成長させる機会でもあり、その成長の余剰をお二人にも得てもらいたく、本コメントにこの概念を残しておくこととします。その概念は「弁証法」というもので、ドイツの哲学者であるヘーゲルがその主題を強く説いたものになります。

    進化とは発展的回帰である、というのが弁証法の本質足り得る、と自身は捉えているのですが、ではその弁証法がなぜここで出てくるのか。それは、髙橋さんのコメントを読んでいて、弁証法の概念と通ずる部分がある、と捉えたからです。

    そのコメントとは、『そもそも日本は明治以前は地方分権国家であったしこれは新しい改革でもあり(偉大な)昔に戻ることでもあるという内容にも触れることもありかなと思いました。』それに続き『なお私の個人的な意見としては、道州制では47ある地域の大事な文化が削がれてしまうのではないか考えております。現在の47都道府県は世間が思っているよりもずっと、律令国の流れにかなり沿っていて古よりの連続性が保たれ続けていると私は理解しているので、道州制ではなく現在の都道府県へ強大な地方分権をしていく事の方が良いかなと考えております。』になります。

    まだまだ弁証法においても、弁証法が属する哲学というカテゴリーにおいても、道半ばの自身の意見を記載するよりも、インスピレーションを得た書籍から引用する方がより有用だと思うため、長くなりますが、山口周 著「武器になる哲学」より、下記抜粋します。

    弁証法においてモノゴトが発展するとき、それは直線的に発展するのではなく、螺旋的に発展します。螺旋的に発展するということはつまり、「進化・発展」と「復古・復活」が同時に起きる、ということです。(中略)A:村の子供を集めて、一人一人の発展や興味に合わせた教育を行う=寺子屋、B:同じ年齢の子供を集めて、画一的に同じカリキュラムで教育を行う=学校、Aであればそれぞれの子供の成長に応じた細やかな教育ができるわけですが、一方で効率性という点では問題があります。Bの場合、効率性という問題は解消されますが、発育の程度に応じたきめ細かな教育と言う点では問題があります。結局のところ、ここ100年のあいだは、基本的にBの方式を採用しながら、そこに適応できないごく少数の例外について、Aを適応するというアプローチが採用されていました。ところが、ここにきてICTの力を用いることで、AとBのトレードオフを解消するような教育システムが、全世界的に採用されつつある。(中略)このとき、昔ながらの寺子屋の教育が、ICTの力によって「進化・発展」しながら「復古・復活」したと整理することができます。

    上記、ご興味がありましたらその全容は別の機会に説明するとして、この文章を抜粋した意図はなにかというと、今回であればコメントに対し、その内容をまったく別の観点から補強・補完しようとした、ということになります。今回は偶然、髙橋さんのコメントに対し、自身へのこれまでのインプットからアウトプットへと繋がっていたため、先の文章を抜粋しました。

    こうした姿勢、大言壮語を許していただけるならこうした知的態度を、山﨑さんからの草案や髙橋さんからのコメントに付与することで、草案やコメントをより説得力のある内容にできたり、あるいはものごとをより詳細に分析するきっかけになったり、そうした機会創出を意識的に行いたい、というのが意図であり、また願望でもあります。

    お二人が展開しているような、本プロジェクトの中身に該当する部分、に対する意見や指摘は、自身の未熟さ故に活発に議論できるほどの知識を持ち合わせていないようです。だからといってそこから視線を背けることはしたくない、更に言うならプロジェクトを進展・発展させたい。

    であるからこそ、自分が有している ーあるいはこれから有することになるー 視点で、本プロジェクトを導いていきたい、と考えています。